ルナリヤ 冒険の日記

ルナリヤが送るフリーダムな冒険日記です♪ (AnGeL 狩猟の日記の続編です♪)

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☆私の日記☆ 特別編!小説の全貌明らかに!

どうもラヴィーナことエンジェルです♪
実は…先日投稿した小説は極1部でかなり省略されていました。
なので、今回はその全貌を書いてみたいと思います♪
皆さんどう思ってくれるか分かりませんが、初心者なので多めに見てください。;

お勧めの見方は「一青窈さん 」の影踏みを聞いて読んでください。
きっと…涙は止まらないでしょう…。
影踏み/一青窈

それではまた会いましょ~♪
マタネッ(*^-゚)/~

ここは、超満員の野球スタジアム。
ここで1人の男の名前がコールされるのをファンは皆、待ち望んでいた。
「選手の交代をお知らせします!9番・ピッチャー○○に変りまして、十川雅憲!9番・十川雅憲!」
その名前がコールされたとたん、スタンドはわき上がった。
「ワー!ワーッ!!」
男の名は『十川雅憲(とがわまさのり)』とあるチームに所属するプロ野球選手だ。
9回の裏2アウト満塁。優勝が懸かった大事な試合であり、絶対に負けられない試合でもあった。試合は3-0と相手チームがリード。そんな試合で十川は泣いていた。
大歓声がスタジアムを包み込む。
十川の涙にこたえるかのようにファンは「十川おかえりー!!」っと…。ファン声援で答える。
しかし、彼の涙はこの日やむことはなかった…。

逆指名ドラフト1位でプロ入りを果たしたエリートの十川は華やかな1軍で新人王に輝き、その翌年には本塁打王を取った期待の大物ルーキーであった。チームの4番として活躍されると大いに期待されていた。背番号は5守備は三塁手。
十川がプロ5年目を迎えたある日、そんな十川に憧れてプロを目指しそして念願の同じチームに入る事の出来た、『遠藤幸一』と出会う。背番号は2、守備は二塁手。
十川には及ばないがその長打力は十川とほぼ一緒であった。
遠藤は憧れた先輩に真っ先に会いに行き、『よろしくお願いします!』と十川に語った。すると十川はそれにこたえるかのように、1つのバットを渡した。
「俺が初めてホームランを打ったバットだ。入団祝いに、これを受け取ってくれ。」
十川はそう言うと、遠藤にバットを渡した。
憧れの選手から入団祝いにあこがれた選手の初めてホームランを打ったバットを受け取ったのだから…。

それからと言うものの、遠藤と十川はチームを引っ張る大きな柱に成長した。三番・遠藤、そして4番の十川。他のチームはその打線を崩すことが出来ず。見事な黄金期を2人で作り上げた。次第に仲もよくなり「大親友」と呼べるまで、成長した。

しかし事件は突然起きた。十川がプロ12年目を迎えたある春。何時ものように試合十川がネクストバッターサークルに立って次の自分の打席を準備をしていた時に悲劇は起きた。バッターボックスには3番遠藤。相手ピッチャーが投げたその初球、ボールがすっぽ抜けて遠藤の頭に直撃した。遠藤はその衝撃でバッターボックスで倒れた。
相手ピッチャーは危険球退場。しかし遠藤はバッターボックスで倒れ込んだままであった。十川は慌てて駆け出し遠藤の所へ行き声をかけた。
「遠藤!遠藤!!」
しかし十川の言葉に遠藤は無反応であった。あとからチームが駆けつけ、タンカーで遠藤は病院に向かった。もちろん十川も一緒に同行した。その日の試合は中止。十川は医師から遠藤の容態を知らせるまで、汚れたユニホームで待ち続けた。
数時間待っていると、医師が十川の方に向かい容態を説明した。
「頭部にデットボールを受けたようでして…、容態はかなり危険です…。」
ヘルメットを付けていると言っても、硬球が猛スピードで頭部に当たれば翌日に死んでしまうという事件は昔アメリカであった。
十川は心配になり、後から駆け付けた監督と一緒に病院にこもった。
それから3日ほどたち、遠藤は意識を取り戻した。十川は大喜びし遠藤に抱き着いた。急いで医師に連絡すると先生はすぐに駆けつけてくれた。
「奇跡だ…。神様はいるもんだね。」と…医師呟いた。
しかし、遠藤の危険な容態には変わりはなかった、意識を取り戻したとは言って何時何が起きるか分からない。遠藤は集中治療室に入る事になり十川は遠藤に会えないのが寂しいのか、「テレビ見ててくれ、お前の分も頑張ってやるからな。」と笑いながら遠藤に語りかけた。遠藤は精一杯の笑みで「無理せんでな」と言い十川を見送った。

しかし、事件は続く。
遠藤が入院して20日がたったある日。十川は遠藤の病院に向かっていた。病院に入り、遠藤の病室を目指そうとしたとき…十川は倒れた。心臓突然死であった。
今すぐにでも手術をしなくてはならない。そうなった頃その情報が遠藤の耳に入る。遠藤は医師にこういった。「俺の心臓を十川にやってください。」
実は遠藤の余命は1ヶ月だった。デットボールを受けた時、幸いにも一命は取り留めたものの。遠藤の命は確実に削られていた。脳死になる確率が高い遠藤は医師にそういった。「時間がない。早く俺の心臓を十川に…!」苦渋の決断の中、医師は遠藤の意見を受け入れた。

手術は見事成功。十川は10日後に意識を取り戻した。
「俺は一体…?」
駆けつけてくれてた十川の両親が十川の意識が戻った瞬間十川にに抱き着いた。両親は泣いている…。何故だ?しかも遠藤の姿がない。十川の病室にいるのは遠藤の母、そして医師。
状況が読み込めない十川は医師に説明を聞いた。
十川は愕然とした…。大親友の死。それが十川の中でものすごく辛く苦しかった。もう涙が止まらなかった。
その時、遠藤の母は涙を懲らしめながら十川の肩に手をあて、十川の耳元でこう囁いた。「あなたの中で幸一は生き続ける…。だから幸一の分も一緒に生きて欲しい…」と。
遠藤の母の手には手紙のようなものが握りしめられていた。
「これは…幸一が…あなたへあてた手紙よ…。」
そういうと遠藤の母は十川の手に手紙を渡した。
十川は涙ををタオルで拭き、手紙を読んだ。

『大親友の雅憲さんへ。
この手紙を読むころには、僕ははもうこの世にはいないでしょう。僕の余命はあと10日。球界に復帰する見込みは0なんです。そんな俺を毎日のように試合が終わったら見舞いに来てくれてありがとうございました。どんなに十川さんの成績が悪くてもどんなに十川さんのユニフォーム泥まみれになっても毎日病室まで足を運んでくれて、僕を励ましてくれましたね。本当ありがとうございました。十川さんからもらったバットは僕の宝物です。貰いっ放しでお礼が出来ないのが本当に残念ですが、僕は何時でも十川さんの傍にいます。だから悲しまないでください。僕は憧れてた先輩やチームと大好きな野球ができ、素晴らしい野球人生だったと胸を張れます。最後に、我儘気あまりなお願いですが、僕の叶えられなかった夢…。十川さんが代わりに叶えてくれませんか…?お願いします。それでは…また会いましょう…。 幸一より 』

遠藤が叶えられなった夢…。それは打者として最も素晴らしいといわれる記録『三冠王』(打率、本塁打、打点がすべて1位というのが条件。)である。手紙の中に遠藤が右手首に付けていた赤いリストバンドが同封されていた。
十川は手紙を読みながらまたもや泣いてしまった。「さよなら」ではなく、「また会いましょう」と言ってくれた遠藤の心に十川は感動した。
「お前の母さんが言うとおり…、俺の中でお前はまだ生きているんだもんな…」
そう思い、十川は胸に手を置いた。鼓動が伝わってくる遠藤の心臓。そう、彼は十川の中でまだ生き続けている…。
そして十川は
「お前が叶えられなかった三冠王の夢…。俺が絶対に叶えてやる…!」
そう決意し、胸に当てた手を握りしめた。

季節は過ぎ、夏から秋へとなった。十川の所属するチームは3番4番が不在なのにもかかわらず、優勝争いを競うところにいた。十川はリハビリに励んだ。呑み込みが早いせいか、リハビリは1ヶ月で終わった。
だが、心臓にあまり負担をかけてはいけない、医師の判断で十川は今シーズンいっぱいは試合に出ないよう、ドクターストップを掛けられていた。しかし監督は「最高の舞台で1打席だけでも立たせてやりたい…。」そう思い続けていた。

そして、今日がやってきた。舞台は整った。暖かいファンの歓声、そして監督の熱い思いに十川は涙をこらえる事が出来なかった。
2ストライクと追い込まれた時、何処からか声が聞こえた気がした。
「大丈夫、十川さんなら打てますよ。」
誰かの声だ。でも聞き覚えがある…。 もしかして…遠藤?
そう思った十川は遠藤が傍にいてくれたことを信じ、何時もよりバットを強く握った。
「綺麗なヒットなんていらない。」そう思い、十川は思いっきりバットを振った。十川とバットは1つになり、そして打球に魂が宿った。完ぺきな当たりはバックスクリーンへと一直線。誰も想像することのなかったまるで漫画のような大きな大きな代打逆転サヨナラ満塁ホームランを十川は放った。
打球を見上げ、十川は何時もより力強くガッツポーズを繰り返した。約半年ぶりのホームランだ。
「やったぜ、お前のお蔭だ遠藤。」
そう心の中で呟き、十川はホームベースに戻った。チームから何時もより激しい手荒祝福を受け、監督の胴上げを行った。監督の瞳には光るものが流れていた。
そしてヒーローインタビュー。十川が指名された。惜しみない拍手の中、十川はステージに立った。マイクを持ち十川は「すばらしい声援をありがとう。そして…僕は遠藤と一緒に野球人生を歩んでいきます。」っとファンの皆にお礼と遠藤と一緒に野球人生を歩む決意を発表した。
契約更新では、背番号を5から25番に変更。その時のインタビューに十川は「これで僕は遠藤と一緒。もう何も怖くないです。」と嬉し半分、少し悲しげな表情をして答えていた。

遠藤が他界して初めての春キャンプ。十川はコーチに猛特訓を申し込んだ。
それは打席を変える事であった。「是非遠藤の打席で夢を叶えたい」そう決めたからである。心臓移植をした後遺症がいつ現れるか…。コーチはそれがとても心配であった。だが、十川の熱い意志にコーチは「やれるだけやらせてあげたい。」そう思い、十川の猛特訓に協力した。
懸命な努力と生まれつき呑み込みの早い十川は、すぐにマスターをした。そして守備位置も三塁手から二塁手に変え、「これで準備は整いました。ご指導ありがとうございます。」十川はコーチに深く頭を下げた。

そして十川のプロ13年目のペナントレースが開幕。十川は「3番・セカンド」でスタメンに入った。右手首に赤いリストバンドを付け、遠藤が使っていた同じバットを使い、十川は試合に臨んだ。「どんな結果になっても構わない、俺は遠藤の夢を絶対に叶えてやる。」いつも打席に立つ度、その言葉を繰り返した。後遺症との不安と闘いながら十川は打席で大きなアーチを放ち続けた。アーチの数は通算450本に達し、シーズン記録は55本となった。
シーズン終了後の十川の成績は本塁打王、打点王の二冠を達成したが、もう1つの打率が取れずにいた。次のシーズンに望みをかけた。

ところが、心臓移植の後遺症が十川を襲った。心臓に激痛がはしったのである。心臓を完全に移植をし生き延びた例はほとんどない。後遺症、そして薬の副作用やられ、燃え尽きてしまう人が多いというのだ…。十川は決意した。「こんな中途半端な体な状態で試合はしたくない。だから来シーズンいっぱいまで様子見で入院する。そして2年後のシーズンですべてを掛ける…。」
十川の長い病院生活が始まった。痛みが引けばまたやってくる痛み…。その苦痛に耐えながら十川は病室に居た。そして冬を越し、十川14年目のプロ生活が始まった。チームの勢いは低迷し、十川が欠落したことで最下位まで下がってしまった。監督は、休みの日には必ず病院に来てくれて、「自分の野球人生に焦らずに、諦めないでくれよ。そうすれば神様はきっと叶えてくれる。」と十川に語った。
シーズン半ばには、十川は球界に復帰した。だが華やかな1軍には上がるチャンスは恵んでは来なかった…。それでも十川は大親友との約束を果たすため、体がぼろぼろになるまで練習をした。「ここでくたばるわけにはいかない。」そう自分に言い聞かせていた。
チームメイトに「そんなに無理して、遠藤さんは喜ぶのでしょうか…?」と聞かれたが十川は「無理したらすぐ遠藤に怒られちゃうから、無理はしてないぜ。」と笑みを浮かべながらチームメイトの心配を和らげた。
十川の中には遠藤と自分。2人で1つの人間として成り立っている。そういう考えが生まれ始めていた。

そして…運命の十川プロ15年目のペナントレースが開幕。十川は「3番・セカンド」で出場し、チームを引っ張り続けた。チームの勢いは十川が復帰したことにより、元の勢いに戻りつつあった。そして、十川の華やかな1軍生活はこのプロ生活もっとも最高な結果に終わった。念願の三冠王の達成。大親友との約束を果たした十川は。「遅くなってすまんな。」と胸に手を当てながらつぶやいたという。そして三冠王のインタビューでば「人は何時かは死ぬ、それが明日か来年かは分からない。だからこそ、人は懸命になれるんだ」と語っていた。
そして優勝という二文字を勝ち取に行くため、十川のチームは順風満帆で挑んでいた。 そのはずだった。
だが、十川の体は確実に病魔に蝕まれていた。
チームがリーグ優勝をした時の監督の胴上げで、背番号25と書かれたマスコット人形が一緒に胴上げをされていたのが、テレビで中継された。十川はそれを病室のテレビで見て涙が止まらなかったという…。
優勝の打ち上げの時ある選手がこう語っていた。「一番ここにいたかった十川さんがちょっと今日は球場にこれ無くてね、残念ですが優勝できてうれしいです。」そういいながら背番号25番のマスコット人形にシャンパンをかけていた。

そして…10月5日。十川の命は尽きた。彼の33回目の誕生日が別れの日となった。早すぎる死にチームメイトは「さよなら」すら言う事が出来なかった。監督は「神様なん手本当にいるのだろうか…」とこらえようとしても流れてくる涙の中つぶやいた。
大親友のために自分の体が燃え尽きるまでグランドを上ることを辞めなかった十川雅憲。
その意志はひそかに受け継がれていた。
病と闘い続けた十川と遠藤思いを胸に…チームは日本シリーズに挑んだ。悲しみの中迎えた開幕戦に十川の居たチームに1つの変化があった。
それは「MKスタイル」という、十川と遠藤がやっていた右手首にあの赤いリストバンドを付けるという事であった。チームメイトは「十川さん、遠藤さんと一緒に戦いたい。」そう思い始めたことだとインタビューの時語っていた。ファンはそれをひそかに受け継いていた。そして…次第にそれがチームの伝統スタイルとなった。

数々のドラマを見せてくれた背番号25。十川雅憲は今でもファンの心の中で生き続けている…

END
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COMMENT

No title

全貌(完全版)は読み応えがありましたね。十川宛ての手紙もありましたし、意味深のフレーズ『また会いましょう…。 幸一より』がとても良かったです。 読み返してわかったけど、MKスタイルという言葉は十川と遠藤の名前から来ているようですね。自分、空気が読めない子みたいで、MKスタイルを本気で検索してしまいました(≧ω≦。)プププ  さて、次回作も期待してますので無理せず頑張ってください。 『それでは…また会いましょう…。 幸一より』 (o*・ω・)ノ))ブンブン!!  

| griffith | 2012/11/21 23:55 | URL | ≫ EDIT

ありがとうございます♪

まぁはい…そうなんですw 「MKスタイル」とは雅憲のMそして幸一のKからとりました。とてもファンが付けたらしい名前に仕上がったかなぁ?とは思っていますがね!

読んで頂きありがとうございます♪ これからも応援よろしくお願いします!

| AnGeL | 2012/11/22 00:06 | URL |















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